Drop into 花鳥画

野鳥好きのライターが花鳥画についてイチから探索する日々を綴ります

秋田蘭画とヤツガシラ

今橋理子さんの『江戸の花鳥画』を読んで、「秋田蘭画」と呼ばれる絵画の一派があることを知った。

 

秋田蘭画とは、江戸中期に秋田藩の武士たちによって描かれた、西洋と東洋の美術を融合させた非常にユニークな絵画のこと。角館出身の武士・小田野直武が江戸に赴き、当時流行していた蘭学や、中国絵画・南蘋派(なんぴんは)を吸収。花鳥画文人画など東洋的な画題を、奥行きや陰影のある西洋的な画法で描くユニークな作風を編み出した。その作風に影響を受けた秋田藩主ら他の武士たちも、同様の手法に挑戦。のちに秋田蘭画と呼ばれる一群の絵画が誕生したという。

 

2016年11月、六本木のサントリー美術館で展覧会「世界に挑んだ7年 小田野直武と秋田蘭画」が開かれるというので、早速行ってみた。

 

秋田蘭画を描く以前の直武の作品から、当時江戸に流入していたオランダなど西洋の絵画や博物図譜、直武らに影響を与えた鮮やかな南蘋派の花鳥画、そして直武、秋田藩主・佐竹曙山、角館城代・佐竹義躬らによる秋田蘭画の珠玉の作品の数々……。展示は大充実で、今まで知らなかった独特の絵の世界にグリップされた。

 

例えば、佐竹曙山による「燕子花にナイフ図」。花器に活けられた紫色のシンプルなカキツバタの花と、手前にそっと置かれた1本のナイフ。何この静謐さ。何このモダンな取り合わせ!

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  (燕子花にナイフ図、佐竹曙山

 

しかし私が一番驚いたのは、秋田蘭画そのものではなく、そこに至る系譜として展示されていた「ファン・ロイエン筆花鳥図模写」と題された大きな作品だった。なぜ驚いたかと言えば、そこにヤツガシラという鳥が描かれていたからだ。

 

ヤツガシラは、日本ではいわゆる「珍鳥」で、渡りの季節に、あまり多くない数が少しの間だけ日本(の主に島しょ部)に立ち寄るという鳥だ。長ーいくちばしと、後頭部にシュッと伸びるツートンカラーの羽は一度見たら忘れられない。私はこのヤツガシラを、三宅島で一度だけ見たことがある。「いま島にいる」という情報を得て探しに探した挙句、夕方、山を少し入った道路脇をてくてく歩いているところを発見した。一緒に探した一同、めちゃめちゃ興奮した。

 

そんなヤツガシラが、江戸時代には絵に描かれるほど普通にあちこちにいたということか!? 解説によれば、そうではなく、これはオランダのファン・ロイエンという人が描き、長崎のオランダ商館を通じて八代将軍徳川吉宗に送られた花鳥図を、江戸の石川大浪・孟高という兄弟が模写したものだという。

 

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(ファン・ロイエン筆花鳥図模写、石川大浪・孟高)

 

ヤツガシラって、ヨーロッパにもいるんだ。鳥の専門家には常識のことかもしれないが、これは新鮮な驚きだった。

 

実は、ヤツガシラとの出会いは中東のカタールでもあった。2012年、カタールの首都ドーハで開かれた村上隆の大規模個展「Murakami - Ego」を見に行った。2015年10月~2016年3月に東京の森美術館で公開された彼の大作「五百羅漢図」が初めて展示された展覧会で、震災翌年というタイミングもあり、激しく心を揺さぶられた。

 

この時に併せて訪れたイスラム美術博物館のミュージアムショップで、「COMMON BIRDS OF QATAR」という本を見つけた。カタールで見られる野鳥を紹介する英語版のハンディ図鑑で、表紙はなんと、ヤツガシラだった。 

 

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「えーっ! カタールではヤツガシラってそんなにポピュラーな鳥なの!?」

 

その本によれば、ヤツガシラは渡りの時期にカタール全土で見られる鳥で、都市部の環状交差点や公園の芝生、畑、オアシス、砂漠などで地中のアリを探し回っているとのこと。彼らが特に好むのは、「牛やラクダの糞の中にいる虫の幼虫」だそうだ。なんか、珍鳥がられている日本でのイメージからすると、かなりワイルドでたくましい……。

 

三宅島―カタール―オランダ。描かれたヤツガシラから、まったく新しい関係性を示す世界地図が見えてきた。

 

 

  *ちなみに、「ファン・ロイエン筆花鳥図模写」」のネタ元である絵は、徳川吉宗から東京・目黒の五百羅漢寺に下賜され、石川兄弟はそこに通って模写を行ったという。ヤツガシラと五百羅漢。これまたなんという偶然だろう!