Drop into 花鳥画

野鳥好きのライターが花鳥画についてイチから探索する日々を綴ります

はじめに

2005年から鳥を見るようになった。きっかけは、東京都・伊豆諸島の三宅島に仕事で通うようになったこと。三宅島は野鳥の多い島として知られている。日本の離島にしか生息していない珍しい鳥や、伊豆諸島で独自の特徴を持つように進化した亜種などがいるほか、渡りの途中の休憩場所として、さまざまな渡り鳥が立ち寄ったりする。


ひょんな縁から、そんな三宅島の自然を紹介するため同年に立ち上がったwebサイトでライターをすることになった。それまで三宅島に行ったこともなければ、野鳥に対して特段の関心もなかった。

 

しかし、「知らないことを知る」のはいつだって楽しい。この仕事に関わった7年の間に、私は三宅島に20回以上通い、取材のためスキューバダイビングのライセンスを取り、双眼鏡やカメラを手に鳥を探して公園を散歩するバードウォッチャーとなった。The文系だった(今でもそうだけど)自分を考えると、まったく不思議な成り行きである。

 

鳥を見るようになって大きく変わったことが2つある。


1つは、三宅島のような自然豊かな場所でなくても、身近な場所に意外とたくさんの野鳥がいることに気づくようになったこと。

 

2006年の春は、取材のため特に集中的に三宅島に通った。バードウォッチングの専門家と島にいる日本野鳥の会のレンジャーさんの、“12時間ほぼノンストップ島内バードウォッチング”に同行したり、24時間で何種類の鳥を見られるかを競うイベントの取材で地元の強豪チームに参加したり、カンムリウミスズメという小さな海鳥を見るため漁船に乗って外海の洗礼を浴びたり(とにかく船が揺れた……)。

 

鳥を探す、声を聞く、姿を見る、それについて書く。そんな濃密な鳥三昧シーズンを終えた頃から、その変化は起こった。


その年の秋のこと。自宅にいたら外で「キーキーピーピー」というけたたましい鳥の声がする。「何だこれは」と思って窓を開けると、向かいの家の庭の木にヒヨドリが数羽集まっていた。ヒヨドリという鳥のことは、子どもの頃に読んだ鳥の絵本で知っていた。しかし、その鳥がこんな普通の住宅街にいて、こんなに大きな声で鳴くことはそれまで知らなかった。


もちろん、ヒヨドリはその年から急に大声で鳴くようになったわけはなく、昔から、変わることなく「キーキーピーピー」と声を張り上げていたに違いない。その大声が、自分には聞こえていなかった。

 

なんてことであろうか。


結局自分は、知っているものしか見ていないし、知っている音しか聞いていなかった。このヒヨドリ事件は、自分の五感というものがいかにいい加減なシロモノであるかをまざまざと認識させられた体験であった。
 
こんなうれしい驚きもあった。当時、仕事の打ち合わせでよく行っていた原宿でのこと。竹下通りの混雑を避けるため歩いていた東郷神社の境内で、「ギー」というおもしろい鳥の声がする。これは、三宅島で見たコゲラの声に違いない。


コゲラはスズメより少し大きいくらいの焦げ茶色の小鳥で、キツツキの仲間。三宅島には独自に進化した「ミヤケコゲラ」という亜種がいるが、普通の「コゲラ」は都内の公園や街路樹にもいると聞いていた。キツツキが都会にいるなんて信じられなかったが、これこそは確かにコゲラの声だ。

 

以来、東郷神社を通るたびにコゲラを探すようになった。ある春の日、ものすごく大きなコゲラの声がする。これは近い。立ち止まって耳を澄ませ、声のする方に目を凝らした。いた! 桜の木の幹をちょこまかと動き回っているのは、確かに三宅島で見たのと同じ、焦げ茶色の小鳥だった。


離島の豊かな森にいた小さなキツツキが、洋服やアイドルの写真を買う若者でごった返す竹下通りのすぐ裏手の神社にもいた。


都会にも鳥はいる。「見よう」と思って見れば、野鳥はそこにいるのだ。以来、仕事であれ休みの日であれ、街歩きがどんどん楽しくなっていったのは言うまでもない。

 

さて、鳥を見るようになって変わったことのもう1つが、日本画の見方である。私は熱烈な日本画ファンでもないし、専門的な勉強をしたわけでもまったくないが、絵を見るのは好きで、面白そうな展覧会があれば足を運んでいる。


あれは確か、伊藤若冲の絵と、別の花鳥画の展覧会を立て続けに見たときのこと。絵の中に描かれている鳥を、単なる鳥ではなく「種名」で認識している自分に気づいた。「あ、オシドリ」「あ、シジュウカラ」「あ、ルリビタキ」。おお、我ながらバードウォッチャーっぽくなってきているではないか。

 

そしてふと思う。なぜ、望遠鏡もカメラもない時代に、絵師たちは一発で種名がわかるような絵をこんなにリアルに描けたのか――。

 

その理由を知りたい。とりあえず本を探したが、早速行き詰った。日本画初心者、あるいは一般読者向けに花鳥画の成り立ちや歴史を解説するような本が、全然ないのである。

 

素人が何か新しいことに挑戦するときには、まずはザックリ全体像を知りたいと思うのが常だろう。スマホデビューを考えている中高年が、「はじめてのスマホ A to Z」みたいなムックをまず買うのがその例だ。いきなり「iPhone Xを使いこなす87の方法」的な本を読んでも意味はわからないし、役にも立たない。

 

しかし、花鳥画に関してはそうした「はじめての~」的な本が全然ない。全体像がわかるのは、1981~83年に刊行された全集『花鳥画の世界』全11巻(学研)しかないっぽいし(これを1巻ずつ図書館で読むことにも挑戦したが、2巻目で挫折した)、「初心者向け」と銘打たれたものはことごとく日本画を描く人向けの技法解説本だった。

 

鑑賞者の「知りたい」に応えてくれる本はないものか。そうだ、ないのなら、自分で作ろう。そう思って書籍の企画を画策したが、そうそうパッと実現するものでもない。悶々は続くが、やはり諦めきれない。

 

ならば、少しずつではあるけれど、自分なりの花鳥画探索の日々を書いてみよう。そう思ってスタートするのがこのブログです。